オジ町ハロウィン2020 SS
新藤「明音ちゃん、準備できた?」
明音「は、はい!大丈夫です」
私は予め用意された衣服を身にまとい、リビングへと顔を出した。
新藤「お、魔女か。中々似合っているな」
今日は10月31日。ハロウィンの日だ。
黒い服に身を包んでいる私は、ハル叔父さんをじっと見る。
裏地が赤い黒のマントとベスト、笑うとその口から鋭い牙が覗いているのが見える。
明音「ハル叔父さんは吸血鬼なんですね」
新藤「この牙、本当につけなきゃいけないのか?少し喋りにくいんだけど」
明音「でも、ビックリしましたね。喫茶Cleomeでハロウィンパーティーだなんて」
新藤「ああ。招待状はともかくとして、コスプレ衣装まで誠一さんに配られたもんなぁ」
明音「『これを着てこい』って、言われましたもんね……」
新藤「まぁ、パーティーは十時からだし、そろそろ行くか。あ、お菓子も持っていかなきゃな」
明音「そうですね、行きましょう」
パーティーという言葉に少し浮かれている私は、ハル叔父さんと共に喫茶Cleomeに向かった。
喫茶店の扉を開けると、かぼちゃのランタンの置き物、蜘蛛の巣やお化けのステッカーなどで装飾された店内が目に入る。
玖珂「とりっくおあ、とりーとだ!陽彦くん、お嬢さん」
明音「わ、玖珂さん……!」
次に目に飛び込んできたのは、白髪のオジサマ。画家の玖珂さんだ。
新藤「こんにちは、玖珂さん。はい、これお菓子です」
玖珂「む、飴を持っていたのか。では、ありがたく受け取ろう」
お菓子をねだる玖珂さんの掌に飴を乗せるハル叔父さん。
明音「玖珂さんの格好って……」
玖珂さんは、何やら中華風の衣装を着ていて、帽子にお札が貼ってある。
新藤「……キョンシー、かな?」
玖珂「ああ、中国のお化けだそうだ。ピョンピョン跳ねるぞ」
ニコニコとそう答えた玖珂さんは、私とハル叔父さんを交互に見やる。
玖珂「新藤くんは吸血鬼で、お嬢さんは魔女か……ふむ」
そして顎に手を当てた玖珂さんが、私の方に向き直った。
玖珂「お嬢さん」
明音「?」
玖珂「その格好、よく似合っている」
玖珂「……小悪魔的なアンタにも、魅力を感じずにはいられんな」
明音「え、あ、あの……」
彼は私の髪を掬い、ゆっくりと顔を近づける。
唇が触れそうな距離……とまではいかないが、恋人同士でなければこんな距離感にはならないだろう。
彼の熱っぽい眼差しに、心臓がうるさく鼓動を刻む。
新藤「玖珂さん」
緊張して動けない私と玖珂さんの間に、ハル叔父さんが割って入ってきた。
玖珂「あ。お、おお、うん。ははは、や、やっぱり祭り事は楽しいなぁ」
眉毛を下げ、そう笑う玖珂さん。
すると後ろから、ガチャリと扉が開く音がした。
米田「…………」
米田「……もう来ていたのか」
明音「米田さん」
無表情のままそこに立っていた郵便配達員の米田さんは、頭に包帯を巻き、包帯が印刷された服を着ていて、全体的になんだか白い。
新藤「誠一さんも、コスプレしているなんてなぁ」
こういうお祭り事は苦手そうに見えるため、私たちは、彼がコスプレをしているという事実に驚いた。
米田「……変なら変と言え」
明音「ぜ、全然変じゃないですよ、ミイラのコスプレ」
米田「…………」
明音「ちょ、ちょっと驚いただけですからっ」
米田「…………」
米田「……なら、いい」
彼はふぅと溜息をついた後、私の持っているホウキに視線を向ける。
米田「アンタは、なんだ……掃除でもするのか?」
明音「魔女のコスプレですっ!」
米田「フッ……冗談だ」
新藤「誠一さんって、冗談言うんだな」
玖珂「ああ、驚きだな」
米田「好き勝手言うな。……俺かて冗談くらいは言う」
玖珂「明日は嵐が来るんじゃないか?」
米田「……何、本当か?」
玖珂「はっはっは、冗談だ」
米田「…………」
ケラケラと笑う玖珂さんから、米田さんは視線をこちらに向けた。
米田「…………」
米田「……な、なんだ、その」
米田「…………に、似合って、いる」
明音「!あ、ありがとうございます……」
米田さんはふいと顔を背けてしまった。
彼の耳は赤色に染まっている。
口下手な彼なりに頑張って伝えてくれたんだろう。
米田「……こ、こっちを見るな。ったく……」
小さい声で、癖なのであろう帽子を直す仕草をする彼がなんだか可愛くて、自然と笑みが溢れた。
入谷「皆さん、そんなところに突っ立っていないで、早くこちらに来て下さい。料理が冷めてしまいますよ」
聞き慣れた落ち着いた声が飛んでくる。
その声に私たちはハッとし、カウンターの方へ向かおうとする。
と、私の隣に音もなく、鎌を持ち黒いフードを被った人が現れた。
品ノ川「お嬢さん、僕がエスコートしましょうか?」
品ノ川「ただし、黄泉の国まで。ね?」
そういって軽くウインクをするその人は、音楽家の品ノ川さんだ。
明音「し、品ノ川さんは、死神……?」
品ノ川「フフ……正解」
新藤「おいおい、秀作さん。明音ちゃんをあの世に連れて行かれたら困るんだけど」
玖珂「そうだそうだ」
米田「……というか、完全になりきっているな」
新藤「秀作さん、こういうイベント好きだったっけ?」
品ノ川「騒ぐのは得意じゃないけど、お嬢さんがいるとなると話は別だよ。さ、行こうか」
私は品ノ川さんに手を引かれ、カウンターへと連れて行かれる。
他のオジサマ三人もそれに続いた。
入谷「本日は急な招集にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます」
黒い服と、十字架を首に下げた喫茶店のマスター、入谷さんが丁寧にお辞儀をする。
新藤「マスター、牧師の格好似合うな……」
新藤「というか、今年はどうしてこんな企画を?」
明音「え!?去年までやっていなかったんですか?てっきり、例年かと……」
入谷「せっかくお嬢さんがこの町にいらっしゃったので、何か若者に合わせたイベントができればと思い企画してみたのですが」
入谷「結局、仮装がなければ普通のパーティーとなんら変わりのない感じになってしまいましたね」
そう言って苦笑するマスター。
入谷「貴女がこの町に来て、早いもので六ヶ月以上も経ってしまいましたが」
入谷「我々一同、貴女がこの町に来てくれて、この街を気に入ってくれて良かったと、心よりそう思っていますよ」
明音「入谷さん……皆さんも、ありがとうございます!」
微笑むオジサマたちに私はお礼の言葉を述べた。
嬉しい。
私こそ、こんな温かい町にこられて良かったなと、改めてそう思う。
マスターはカウンターに料理を並べていく。
入谷「さぁ、今日は沢山食べて、楽しんでいって下さいね」
入谷「それでは、乾杯!」
全員「「「「「乾杯!」」」」」
グラスとグラスを合わせる音がパーティーの始まりの合図を告げる。
新藤「うわっ!パンプキンパイ美味そう〜!マスター、後で作り方教えて」
入谷「もちろん良いですよ」
玖珂「このパスタもかぼちゃ味だな。中々いけるではないか!」
品ノ川「米田さん、僕の鎌に包帯が絡まっているのですが……」
米田「…………取れないな。その鎌で切れないか?」
品ノ川「作り物だから流石に無理ですよ……」
わいわいと、私たちは思い思いにパーティーを楽しむ。
こんなにも歳が離れているのに、それぞれ生きた世代が違うのに。
まるで同級生かのように、私たちは騒いだ。
…………年齢なんて、きっと関係ない。
一緒にいて楽しいと思えるのは、皆さんが素敵な人だから。
ただそれだけのこと。
我ながら、今更だな、なんて思って苦笑する。
入谷「梓さん」
入谷「トリックオアトリートです」
明音「えっと……」
マスターにそう唱えられ、ポケットを漁るが、お菓子は全て配り終えてしまっていた。
明音「な、無いです……お菓子」
入谷「そうですか。……じゃあ、悪戯しても構いませんね?」
マスターがカウンター越しに身を乗り出す。
明音「え、あ、そ、その……」
身動きが取れず、わたわたと慌てふためく私を、彼は満足そうな目で見つめてくる。
この感じ、完全に私をからかって楽しんでいる……っ!
入谷「!」
新藤「ほら、マスター。俺と、この子の分のお菓子だ」
スッと私の横から現れたハル叔父さんは、飴を2つマスターに差し出す。
入谷「おやおや。陽彦くんに邪魔をされては、手を引くしか選択肢はありませんね」
新藤「そうしてくれ」
明音「あ、あはは……」
た、助かった……。
新藤「明音ちゃんはもっと危機感を……」
私の方に向き直ったハル叔父さんはそう言いかけたが、口をつぐみ私をじっと見つめてくる。
新藤「…………」
新藤「…………やっぱり、可愛いな」
ハル叔父さんがすっと目を細める。
明音「え、あの……」
新藤「マスターがいじめたくなる気持ちも、わかる気がするよ」
明音「!」
ずいっと彼が顔を近づけ、それに驚いて肩がぴくりと跳ねた。
新藤「ふふっ……まだ何もしていないのに」
明音「え、ま、まだ、って……」
そのまま意味深な笑みを浮かべて、彼は私の首筋へと顔を寄せる。
な、何……っ!
ばくばくと鼓動が脈打ち、私はぎゅっと目を瞑った。
新藤「ぐえっ、じょ、冗談だって!まったく、容赦ないなぁ」
入谷「甘いお菓子を、貴方に譲るつもりは毛頭ありませんので」
マスターが彼の首根っこを掴んで制し、そう言い放った。
しかし、一息吐く暇もなく……。
玖珂「私だってお嬢さんを譲るつもりはないぞ!」
品ノ川「僕だってそうさ。彼女は僕がいただくよ」
米田「……右に同じだ」
大声を張り上げた玖珂さんに続いて、品ノ川さんも米田さんも声をあげ、ぞろぞろとこちらに歩み寄ってくる。
明音「え、えっと……み、皆さん……?」
私はすっかり、町のオジサマたちに囲まれてしまっていた。
入谷「梓さん。パーティーが終わったら、二人で飲み直しませんか?もちろん、美味しいクッキーでも焼きますよ」
新藤「おいちょっと待て!彼女は、普通に俺と家に帰るんだ。クッキーなら俺だって焼ける!」
玖珂「この後、私のアトリエに来てくれ!その格好のアンタから絵の良いアイディアが生まれそうなんだ!」
品ノ川「僕を選んでくれたら、ハロウィン曲でも何でも、君のためだけに演奏するよ。お願い……僕を選んで?」
米田「…………俺と、町の景色でも見ながらツーリングで決まりだ。……夜景が綺麗なところにでも……どうだ?」
各々そう言ってオジサマたちはにらみ合い、そして全員、私の方を向いた。
―――――さあ、貴女は誰と、ハロウィンの夜を過ごしますか?
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